三脚はなぜ「三」脚なのか-カーボン三脚がぶれを抑える理由
3 点支持という静力学の基本から、ブレの正体まで
はじめに
写真や動画を撮る人なら一度は疑問に思ったことがあるはずです。「どうして三脚は 3 本脚なのか。4 本でも 5 本でも、脚が多いほうが安定しそうなのに」と。実はここに、高校物理(Ⅱ・Ⅲ)で学ぶ“静力学”のエッセンスが詰まっています。この記事では数式をなるべく噛み砕きつつ、三脚のブレがどこから来るのかを理屈で追いかけてみます。計算用紙は要りません。
「3 点」で平面が決まる
まず、机の脚を 3 本にイメージチェンジしてください。どんなに床がデコボコでも、3 本脚ならガタガタせずピタッと据わります。理由は単純で、任意の 3 点は必ず 1 枚の平面を定義するからです。
静力学で物体が静止する条件は三つ──
水平方向・鉛直方向それぞれの力のつり合い(ΣFx=0, ΣFy=0)、そして
任意点まわりのモーメント(回転)のつり合い(ΣM=0)。
支点が 3 つなら未知の反力も 3 つ。方程式の数とぴったり一致し、構造は “静定” と呼ばれます。過不足なく解けるので、物理的に無理なストレスが生まれません。
4 本脚になるとどうなるか。支点は 4 点、でも式は 3 本。**未知数が余ってしまい「不静定」**になります。ほんの 1 mm の床の凹凸で脚の 1 本が浮き、荷重配分が崩れる――あの、カフェのガタつくテーブルがまさにそれです。
三脚という道具名は伊達ではなく、「必要最低限で最も確実な支持」を追い求めた帰結なのです。
縦にも横にも揺れる――ブレの源を分解する
三脚のブレは二つの成分に分けて考えると頭が整理しやすい。
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軸方向の“縮み”
脚が荷重でわずかに押し縮む変位。式で書くと δₐ=(P/AE) L。A は断面積、E はヤング率、L は長さ。脚を伸ばせば伸ばすほど、あるいは細くすればするほど大きくなる。 -
横方向の“しなり”
曲げによるたわみで、δₘ=(P L³)/(3 EI)。E はさっきと同じ、I は断面二次モーメント、つまり“パイプの太さ L が 3 乗で効く一方、d は 4 乗で効く。脚を 1 cm 太くする効果は、1 cm 短くする効果よりずっと大きいのが数式からも分かります。
二つの変位はベクトル的に合成され、カメラ座に伝わります。センターポールを伸ばすと“しなり”の影響が倍加するのは、この横成分が増幅されるからです。
カーボンが有利と言われる理由
アルミ脚からカーボン脚へ買い換えた途端、「ブレの収束が速くなった」と感じた人は多いはずです。カーボンファイバーはアルミよりもヤング率が少し低いため、理屈の上では“しなり”は若干大きくなるはずなのに、体感は逆。鍵は内部減衰です。
カーボンは繊維と樹脂の複合材なので材料内部でエネルギーが熱として散逸しやすく、いわば“ブレーキ付きのバネ”になります。揺れないのではなく、揺れてもすぐ止まる。だから液晶を覗き込む頃にはほぼ静まっている、というわけです。
センターポールは“1 本脚”の追加
「センターポールを目一杯伸ばすと急にグラつく」のも数式で説明できます。3 本脚の上に細い柱を 1 本足し、そこに雲台とカメラというおもしを載せたと考えてください。3 点支持という 静定の上に、不静定な片持ち柱を増設した状態――三脚+一脚の複合構造です。柱の高さ h が 10 cm 増えるだけで曲げモーメント M=P·h は線形に増え、しなりは L³ で増幅。
対策はシンプル。
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できる限り脚を伸ばし、ポールは縮める
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どうしても高くしたいときは、自重やバッグをフックに下げる。荷重 P が増え振動数が上がるため、伴う振幅(変位)はむしろ小さくなります。
実務に効く“小さな静力学”
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開脚は広めに
三角形の底辺が長いほど水平剛性が増す。メーカーが用意する「ローポジションモード」はブレに強いのもこのため。 -
石突きを使い分ける
軟らかい地面ではスパイクが威力を発揮。点接触で食い込むので横剛性が上がり、共振周波数も高まる。硬い床ではゴム石突きで摩擦を確保。 -
撮影前に“力み”を逃がす
構図を決めたら一拍置いてシャッターを切る。筋肉の振戦(ふるえ)は 5〜12 Hz 程度で、三脚固有振動数とは被りにくいが、小刻みな入力はやはり収束に時間を要する。
おわりに
三脚は単純に見えて、「3 点支持」「静定/不静定」「ブレの二成分」といった構造力学の基礎がぎっしり詰まった小さな建造物です。
次にフィールドへ持ち出すときは、脚径や開脚角、センターポールの高さを“式のイメージ”で眺めてみてください。
ほんの数秒のセットアップの差が、そのまま“シャープな 1 枚”か“惜しい 1 枚”かを分けてくれるはずです。